卒業式には涙が流れる。
思い出がたくさん詰まった学び舎。
大切な友達、
大好きな先生、
かわいい部活の後輩、
毎日何気なく会っていた人たちに会えない。
毎朝、袖を通していた制服を着ることはもうない。
思い出が多ければ多いほど、寂しい、悲しい、涙が溢れる。
そういう涙でぐしゃぐしゃになった友人を眺める私。
どうして彼女たちの目からは涙が流れるのだろう?
どうして私の目から涙が流れないのだろう?
私、冷たいのかな。
いいえ、冷たくない。
断言します。
冷たくなんてない。
卒業したって友達に会えるし、先生にも、後輩にも会える。
学校にも遊びに行けるし、制服だって着る機会はある。
確かに「同じメンバーで学校に通う」ことは二度とない。
それは寂しい。
でも、だからといって
卒業式に泣かない人=冷たい人間
というわけではありません。
卒業式に泣かない人は
心の準備ができている人です。
意識的にしろ、無意識にしろ、
学校という環境から別れる準備が十分にできているから泣かないのです。
卒業式に泣いたか泣いていないかで、
学校生活に対する思い入れの深さが測れるわけではありません。
泣いていないから友好関係が浅かったわけではありません。
心の準備ができているから、卒業式の雰囲気に飲まれて涙を流すことはないのです。
別れに対する心の準備ができている、ただそれだけです。
逆に泣いている人たちは、学生気分が抜けない人たちなのかと言えば
それも違います。
感性が敏感で卒業式の雰囲気を素直に感じ取った人、
もしくは卒業式を通してやっと別れを実感した人です。
卒業式で泣いたか泣かないかは、ただそれだけの違いです。
卒業式で泣かないからって自分で自分を冷たい人間だと決めつけないで。